39
今週は人に会う予定を詰めに詰めまくってしまった1週間だった。
小学校の幼なじみ、中高からのこれまた幼なじみ、大学からの友だち、前職の先輩、巫女の仲間たちとの食事会、こどもたち、さらにはまたも前職の食事会、そして今日はまた、大学の友達に会う。言うまでもなく、今の職場の人たちには毎日顔を合わせている。
詰め込みすぎてどこかでダウンするかなぁと思いきや、毎日が懐かしい思い出に満たされて、むしろ元気を貰いながら一週間を乗り切ることができた。
どこを切り取ろうか、
決められない。
とにかく、ひとりひとりがみんな大切で、自分の人生の中に現れてくれて感謝でいっぱいだ。
どこかを切り取れば、そりゃいやな記憶だったなってことももちろんあるけれど、今こうして顔を合わせて思い出話をすることで、あの頃があったからいまにつながっているんだな、なんてことも思えたりする。
とくにそんな風に思えたのは、ねねちゃんとたくさん歩いた夜。
初めて会ったときは、若い子が来た、、わかりあえなそうだな(!!!)、まーいっか、たしかそんな印象を抱いたと思う。彼女らが入ってくるまえの状態が当時のわたしにとってはパーフェクトな環境だったから、何かが崩れることが怖かった。
最初はそんなだったのに、
いまは全く違う。
それぞれの生き方、生きづらさ、これからのワクワクする未来、いろーんなことをさらけ出して話し合えるような関係性になれた。
今や職場も1つも重ならず、サービス業という括り以外何の共通点もないような働き方をしているけれど、それでもサービス業、飲食業という括りはとっても大きい。
似ていることをしながら、全然違う内容をこなしているからなのか、話していて新鮮だし、でも共感もできて、本当に楽しい。
昔から、東京に来てからのお姉さんみたいな風に言ってくれているけれど、わたしからしたらお姉さんとかそういう関係じゃなくて、フラットに話が出来てこれからもこのつながりをずっと大切にしたいなと心底思える存在だ。
ねねちゃんにはじまり、ほんとうにいろんな人がわたしの人生を支えてくれている。明るくしてくれている。
小学校から大学まで、卒業後も幻の会社員時代から販売員時代、そして個人経営のお店で働かせてもらう今。
楽しかったことも
どうしても無理だったことも
思い出した今週1週間。
いまはそれを冷静に分析、それに応じて受入・挑戦・拒否、自分なりに適したものを選べるようになったんだということも改めて認識ができた。
いろいろあるけど、とくに気になってきたことを羅列でもしてみようか。
・音や匂いに敏感なこと
(幼稚園の頃から運動会のピストルの音 ずっと泣いていたなぁ、突然なる驚かせてくる音 まえの恋人にきれたことがあったなぁ、家で聞こえる掃除機の音もガソリンスタンドの洗車の音も、吸い込まれてしまうんじゃないかと違う世界からの圧力に恐れ慄いていた、、挙げればきりがない)
・細かいところに気がつきすぎてしまうこと
・指がうまくうごかないこと
(だからピアノが上手くなれなかったんだという正当化。笑 あとは意外なところで人と同じような動きができず同じことをしようとすると限界で手が震えたり、する笑)
・耳があまり良くないこと
・座ると、横になると、寝てしまうこと
・緊張する/パニックになるとなにもできなくなってしまうこと
簡単に言えばHSPの要素が多くって、疲れやすいってこと。※後述
(指は完全に身体的な問題)
ざっと言葉で片付けて仕舞えばこんなものだけれど、自分なりには本当に生きづらく感じることが多かったと思う。
とくに集団の中におさまらないといけない学生時代の頃は。
しかも挙げたことが、自分を生きづらくしている要因だってことにさえごく最近まで気づけていなかった。
でもついに「幻の会社員」時代にからだをだめにしてしまったときにやっといろいろなことに気がつくことができた。
そしてそれを受け入れて、活かしたり生活から避けたり、自分に合うことを選択できるようになったのだ。
・接客をして、人の様子を観察、それに応じて動く、他人の気持ちを読み取っておもてなしをする
・香りや味覚、感覚的なことを生かす
灯りも香りも、過敏になってしまうようなものは今の環境にはほとんどない。
周りにいてくれる方々も敏感に気づくことができる方で、仕事がやりやすい。
お客様と近くて、温かい。愛や思いやりがお仕事の原動力。
そんな今が、いちばん、しっくり来ている。
いろんなことを辿ってきてよかった、と思う。色々と見えるようになったから。
勿論、まだまだ未熟だし、今気付いていないことで苦しむことも多いだろうし、苦労を重ねて積んでいかなきゃいけない努力だってあるだろう。
それでも、今週であったようないろんな人にであえて、今の人生ここまで来られていること、現状ではすごく高得点をつけたいな、とおもう。
自分は自分の人生が好きだ!これが言えること、すごくハッピーだ!!
※
アーロン博士 の公式サイトより抜粋
全員当たり前のようにこうかと思っていた。だから耐えていかないと行けないんだろうなと思い込んでいた。
しかし、これはこういう気質の人の特徴なんだって知って驚いた。2年くらい前かな。
それがわかってから、いろんなことが腑に落ちて、少しは楽になったと思う。
わかってくれる周りの友達、気付いてくれる周りの方々、知らないけどまぁ普通に接してくれる人、何でも良い、とにかく感謝だ。
※
感覚に強い刺激を受けると容易に圧倒されてしまう
自分をとりまく環境の微妙な変化によく気づくほうだ
他人の気分に左右される
痛みにとても敏感である
忙しい日々が続くと、ベッドや暗い部屋などプライバシーが得られ、刺激から逃れられる場所にひきこもりたくなる
カフェインに敏感に反応する
明るい光や、強い匂い、ざらざらした布地、サイレンの音などにに圧倒されやすい
豊かな想像力を持ち、空想に耽りやすい
騒音に悩まされやすい
美術や音楽に深く心動かされる
時々神経が擦り切れたように感じ、一人になりたくなる。
とても良心的である
すぐにびっくりする(仰天する)
短期間にたくさんのことをしなければならない時、混乱してしまう
人が何かで不快な思いをしている時、どうすれば快適になるかすぐに気づく(たとえば電灯の明るさを調節したり、席を替えるなど)
一度にたくさんのことを頼まれるのがイヤだ
ミスをしたり物を忘れたりしないよういつも気をつけている。
暴力的な映画やテレビ番組は見ないようにしている
あまりにもたくさんのことが自分の周りで起こっていると、不快になり神経が高ぶる
空腹になると、集中できないとか気分が悪くなるといった強い反応が起こる
生活に変化があると混乱する
デリケートな香りや味、音、音楽などを好む
同時に自分の中でたくさんのことが進行すると気分が悪くなる。
動揺するような状況を避けることを、普段の生活で最優先している
大きな音や雑然とした状況など強い刺激に悩まされる。
仕事をする時、競争させられたり、観察されていると、緊張し、いつもの実力を発揮できなくなる
子供のころ、親や教師は自分のことを「敏感だ」とか「内気だ」と思っていた
38
怒涛の一週間のあとは、ほっこりしあわせな連休。
前の職場の同僚とひさびさに会い、たつぷり語らい、心の中に溜まっていたものを発散できた。
一緒に働いていたのはほんの短い期間だったけれど、これからの人生においてお互いとっても大事な存在になりそうなことが、ようやった職場以外でたくさん話したことで気付けた。
ほんの一瞬だけでも、かぶった時期があったこと、神様にしっかりと感謝をしなくちゃ。
そのあとは実家に帰って、家族との時間。
怒涛の連勤続きで、久々の不眠におそわれた。そのせいで、次の日は一日中ふわふわとしていて体がなかなかしんどかった。
そんな重い体をうごかして、午後から雨が降るという予報を耳に、朝のうちに母と埼玉県のフィンランドに遊びにでかけた。
眠すぎたことだけ、心残りだけれど、やはり空気も美味しく、過ごしていてとても心地よくいられる場所だった。
こんなに近くに、ひらけていて、心穏やかになる場所があるなんて。とってもハッピーなことだ。
大したアトラクションなんてなくていい。音楽もなくたっていい。特別な食事もいらない。
ただそこに広がる湖と風の音と、自然に落ちゆく葉っぱとがあるだけで、心洗われた。
また疲れた時にはここに来よう、そう思わせてくれる場所を見つけられた。
連休明けも、毎日が楽しい。
毎日を丁寧に生きられている気がする。
「丁寧なくらし」だとか最近よく言うけれど、わたしの今の暮らしは、なかなか本当に丁寧なものだ。
朝もきちっと早起きして、お白湯を口にして、ストレッチとヨガか軽い筋トレをする。そのあと自家製冷凍おかずをお弁当箱につめ、ハーブのお茶を水筒にいれる。
仕事がある日はちゃちゃっと済ませて、シャワーを浴びて朝ごはん。
気分に合わせて好きな服を選んで、空を見ながら、鳩を見ながら、気持ちにあった曲をかける。
お仕事のあとは、まっすぐ帰宅。
郵便物を確認して、ラジオを聴きながら夕ごはん。夕ごはんのあとは、本を読んだり映画をみたり。早めの時間から暖色のライトに切り替えて、ミントとラベンダーのスプレーを部屋に纏わせて、お気に入りのくしゃくしゃパジャマで眠りにつく。
それが今週毎日のわたしの、くらし。
小さくて、他の人からしたら面白くないだろうけれど、わたしには楽しくてここちのよい、小さな、くらし。
ま、今週はこんなにのんびりしておきながら、来週は予定を詰め込みまくっているんだけれどね。
できる限りの、身の丈にあった生活を丁寧に送って行こうっと。
「丁寧なくらし」なんて言葉にすると、鼻で笑ってしまうようなものだけれど、実際とても大事なことよね。
37
幸せな1週間。
生きている!生きている実感がものすごく湧いている!
然も、生きていることが、ひどく楽しい!!!!
このあと更新できたら嬉しいけれど、今週が今年で1番幸せだった。
然も、お仕事しかしていないのに、ひどく幸せだった!!!
お仕事ばかりをしていて、こんなに心から幸せだと思える日が来るなんて。自分でも信じることができない。
ちょっと前までわたしは「仕事は1日8時間まで」と言っていて、残り8時間は自由時間、あと残りの8時間は睡眠時間に充てると心に決めていた。それがちょうどいいと思ったし人間らしいと思ったし、自分にはぴったりだと考えていた。
しかし、幸せを感じられる、自分で選んだこの仕事なら自分の時間を割くことに全く厭う必要がなかった。
というか仕事そのものが、自分の幸せな時間だった。
何がこんなに幸せなんだろう?
お客様を迎える仕事をしていること、
笑顔を向けてもらえること、
ありがとうといってもらえること、
それに加えて今回のお仕事は
憧れの人々に囲まれながらはたらくこと、
自分のつくったものを人の手に届けること
この2つができたことが何より大きい。
今までページの向こう側にいた人、今まで画面の向こう側にいた人たちが目の前にいて、生き生きと仕事をしている。
こんな贅沢な光景を目の当たりにしていれば、自分も生き生きとせざるを得ないものだ。
きらきらとしているんだろうなと想像していた方々が目の前で本当にきらきら、光り輝いている。
憧れの人たちが、おもて面だけでなく、本物の姿を目にしたことで心からの憧れと尊敬の気持ちをさらに抱くようになった。
こういう風になりたい、あんな仕事をしてみたい、自分で言うのもおかしいけれどまだ若いから、どれもこれも諦めずに手にしていけたらいいな。
それから、対価を頂いて自分が焼いたものを手にしてもらう、という初めては経験をした。
これ、今後の人生においても、ものすごく大きな出来事になるからしっかりとわたしの中の歴史に記録しておかないといけない。
お金を頂いてつくったものを食べて頂くなんて恐縮すぎること。
頭の中に夢としてずっと思い描いていたけれど、想像以上に美味しくなかったらとうしようとか万が一髪の毛でも入っていたらどうしようとか(勿論すごい気をつけているけれど)不安に駆られていた。
その不安の一方で、食べてくれた友達からは温かいメッセージをいただいた。
何より嬉しかったのは、わたしが焼いたから、とかってくださったお客様がその数日後に美味しかったよ、とお声がけくださり、同じものをいくつもいくつも加えた購入してくださった。
こんな幸せがあるものか。
凄く、凄く、幸せなことだった。
今の自分にとっては、何にも代え難い誉め言葉。
「おいしい」「またくるね」「〜が美味しかったからまた買いに来ちゃいました!」こんな素敵な言葉を日々重ねて聞かせていただけるお仕事につけるわたしは、世界の誰よりも幸せだ。
これをもっと自分の力で実現できるようになりたい。
そしてこれを体現している素敵なオーナーにこれからもたくさん学ばせていただきたい。
さぁ、もっともっと、がんばるぞ!
36
まずは新しい場所での新しい1週間、無事終了のお知らせ。
働きながら、幸せだな〜と思う瞬間が何度も訪れた。
あと不思議と、生まれて初めてこんな感情も抱いた。「自分が今世界で一番平和だな〜」と。
心が穏やかで、底からにこにこと笑うことができて、今立つ場所が素敵すぎて、なんてハッピーなんだろう、そう思いながら仕事をしている自分がいる。その事実があまりにも平和なのだ。ついていけないほどに。
ここへ来て改めて、自分の居場所は絶対どこかにあるし、それは自分で切り開いていかなければ見つけられないんだなぁと思い知らされた。
絶対に優しい場所、誰かが自分に優しくしてくれて、自分も優しくいられる場所っていうものは、存在する。
自分で見つけたり、作ったり、していくしかないんだと思う。
今の段階でそこにたどり着くことができた自分のこの幸せを絶対に蔑ろにしてはいけない。今の思いや、5月に動き始めた自分を大切に、大切に、していかなければならない。
それからおばあちゃんのこともあった。
本当に大きな1週間だった。それが2週連続で連なっている。
ついにおばあちゃんは、大好きな家を一旦離れ、施設に引っ越した。
本当にいろんな思いが、ある。手伝いをしていた母もそうだろうし、何よりも誰よりも、いろんな思いに襲われているのはおばあちゃんだ。
それを想像するだけでわたしは泣けてしまう。本人の前ではなかないようにしていたのに、結局、離れ際やたった一日だけど少し離れた後会えた瞬間は、とても涙が抑えられるものではなかった。
でも、でも、いろんな思いがあるだろうけど、それでも、
施設に入った翌日、施設の中のほかの素敵なおばあちゃま同士で楽しそうに話していたことが、ものすごく嬉しくて、安心もした。
もちろん、その一面が百パーセントではないから、これだけで完全な安心、なんてわけにはいかない。
でも、少しでも、笑ってくれているおばあちゃんがそこにいた、それだけでも純粋に喜ばしかったし、心配でたまらない母のことを考えると、ああいうシーンを目に入れられたことは大きな安心材料になったかと、思う。
そんなことはさておき、奇跡と呼びたいできごとがおきた。
いや、さておき、じゃないわ。
おばあちゃんとの出来事があったからなおのこと深く感じるできごとがあった。
まず、前提として、わたしは19歳くらいの頃から毎日身につけているアクセサリーがある。それは昔おばあちゃんが母に贈って、それをわたしが受け取ったもの。肌身離さずつけてきた。
本当に管理の甘い自分を責めるべきだけど、先週それを失くしてしまった。
全く、正気になれなかった。
心が狂いそうで、
これがないなら、
もう、
生きてる意味はどこにあるのかと、
そこまで思うことかって人々は会うだろうけど、わたしにとってはそれくらいのことだった。
気が動転して、
指輪がない、
指輪がない、
指輪がない、
指輪がない、
指輪がない、
寝ても覚めても、仕事に集中している時以外四六時中、数日間これに取り憑かれていた。
反省もたくさんしたし、もう、ものに固執する人生もこれっきりにしようと決別もした。
もう、指輪がない人生を歩んでいくんだ。そう決めたんだ。
製菓をさせてもらうから、きっとそう、指輪なんてしてる場合じゃないんだ、とか、
あぁ、娘を生む人生を選ぶべきじゃないのねっていう神様からのご啓示を妄想した。
「そうか、ないんだ。」
そうどっかで腑に落とした日の朝、諸用があって出勤前に一度出かけるためにドアをあけた。
そうすると、びっくり。
アパートの敷地の壁に、クリアファイルがガムテープで貼ってあり
「落し物です 9/1」の文字があった。
左下には可愛らしいマスキングテープでものを止めていた。
それが、
私がなくした指輪だったのだ。
こんな朝が、あるものか。
最初は信じられかった。もちろん今も。
そんな奇跡があるものなんだ。そんな優しさが溢れる世界なんだ。とか。とにかく、感動したし、感謝をしたし、どん底に落ちていた自分があほらしかったし、でもその瞬間に反省をしていたことは確かなことだったと気がつかされた。
ものに固執をするな、もそうだし、
大切なものはより細心の注意を払って大事にする、もそうだ。
いろんなことを教えてもらえる出来事だった。
シンプルに言えることは、本当に見つかってよかったっていうこと。
それから、自分にはこうやって大切にできる物があること、それ自体も誇らしいことなんだなと思うことができた。
おばあちゃんのことがいろいろあったこのタイミングでこの出来事。
本当に神様は見ていらっしゃるんだな。
それともおじいちゃんのちょっかいかしら?
とにもかくにも、大切な家族の存在を再確認できたり
、今自分の置かれた環境があまりに幸せすぎる物だとしれたり。
すごくいい1週間だ。
明日ゆっくりとやすんで、
明後日からまた楽しみな仕事。真新しい業務内容になるはず。
自分の背中を支えてくれるたくさんか存在を胸に、
また来週の今頃、すごくいい1週間だったと言えるように。
35
8月までのお仕事を締めくくる最後の1週間だった。
間のお休みは「ディリリとパリの時間旅行」を観に行って、自転車を新しく購入して、まおちゃんが泊まりに遊びに来てくれた。
ディリリの映画は、私の中のフェミニスト的側面に働き掛けてくる要素がめちゃくちゃに詰まっているものだった。
そういう見方をしなければ、とか、深読みしなければ、全然想うことも感じることも変わってくる映画だろう。
私は生活の中で女性として迫害されている気持ちになる時がある。接客の仕事をしていると、あぁここに立つ自分がもし男性だったらそういう態度を取らないんだろうなと感じる出来事は何度も何度も経験をしてきた。
まるでそのような迫害を受ける姿が誇張されて表現されていると感じるシーンがあった。
男性支配軍の中で、女性は番号で呼ばれ、言葉を発することも顔を表にすることも出来ず、四つん這いになり男性の尻に敷かれている。文字通りに。
大げさではあるかもしれないが、時々感じる男性から女性への見縊る視線や態度、言動に近しいものを感じた。
単純に考えて、番号で呼ばれて椅子がわりに扱われるなんて最低なこと。耐えられないことだ。(ディリリはその訓練をさせられ、泣いていたし震えてもいた。)現実でこんなことをさせられたら、ゾッとする以外の言葉が見つからない。
物理的にこんな風にさせられることは経験もないしこれからもきっとすることはないだろう。
ただ私たち女性は時々、これに近しい扱いを受けている。それは確固たる事実だ。それに気がつかされた時、女性だからこそ受ける迫害はこんなにも醜くて見るに耐えられないものなんだと理解することができた。誇張されたものを見てぞっとしたことによって、普段だって相当酷い扱いをされ、無意識の軽蔑をされていることがはっきりとわかったのだ。
それに対して自分が何かをするとか、こんなことができる!とかそこまで「立ち上がるぞ!」みたいなことはしようと思わないけれど、不当な扱いを受けた時にはそれを無意識で見逃してはいけないと想うし、正せる状況であれば正していきたい。
男性から見下されることを、当たり前に思う自分だけはけっして存在させてはいけない。自分がこう思うだけではなく、「意識」をするひとびとが男性女性問わず増えていけばいいな、と思う。
逆の差別も、もちろんね。
男性だから、とか女性だから、とかそういう垣根が少しでもなくなっていく社会になりますように。
ディリリの映画はそうやって、単純なストーリーの中で考えさせてもらえるものだった。
そして今週の何よりものできごとは、この1年大切に大切に保護して頂いていた環境を卒業したことだ。
わざと上にそういう書き方をしたが、本当に一年間保護をして頂いていたとおもう。
愛に溢れたシェルターで大切に守って頂いていた。
1年前、思い出すとしんどいけれど、身体の調子が悪く新卒で入った会社を辞め、長いこと付き合っていた彼もアメリカに出発し、色々なものを手放しぽっかりしていた。こころも、からだも。
その頃に私を救ってくれたのはまず、ハーブティだった。そんな単純な理由だけれど、だから、ハーブティに関係するお仕事をしたいと思った。
あの弱っていた頃の私にとってその仕事は最良の選択だった。
何より、配属して頂いたお店の環境もメンバーも本当に素晴らしいところだった。
1年という短い期間で口を大きく開いてして語れる立場ではないが、この1年は本当に学びが多く、たのしく仕事をさせてもらった。
ハーブのことも、アロマのことも、まだまだ未熟だけれど沢山身につけることができた。まさか自分で、調合もできるようになるなんて。
ただ、ここで働けてよかったと思えるのは、何よりわたしを支えてくれたお客様やスタッフの皆様の存在だったのだ。
働き始めたころから、今までのお買い物では経験したことのなかった温かみを感じていた。気遣い、心遣いをこんなにも自然と温かくできる人たちがいるんだぁ…と感動をしたほど。
よくいらっしゃるお客様も煌めいたオーラを放つ方が多かった。前向きで優しさに溢れた方が多く、会うだけでも元気を与えていただける方ばかりだった。
見習いたい、こういう風になりたいと思わせてくれる素敵な方々にお会いできる一年だった。
おそらく途中、わたしが、次のステップに進みたいと思い始めたころ、勘付かれていたこともあった気がする。
今までの優しさが幾重にも重なるほどの優しさに変化し、少し重圧を感じてしまっていた。大切に、大切にされ過ぎて、窮屈に感じてしまうことがあった。
でもそこまでして、大切にしてもらうのは初めての経験だったから、今思うと本当に感謝をしなければいけないなと思う。
本当に、世界の優しい人トップ10をかき集めたんじゃないかっていうくらい、優しい方しかいない職場だった。
わりかし病弱で迷惑をかけがちなわたしに対して、いつもいつも優しい言葉とそっとその時にあったハーブティを用意してくれる先輩…。
顔色がいつもとちょっと違うだけでも気づいてくれて声をかけてくれる先輩…。
人の優しさを、下手すると当たり前に感じてしまうような環境だったと思う。
考えてみれば、優しい人だからできる仕事なんだよね。その人の話をじっくり聞き出して、その人の体調や生活を把握して、その人にあったお茶をつくること。
優しさ、思いやりがなければうまくできないこと。
自分が果たしてそれをできたのかな?できたかどうかは置いておいて、少なくともそんな優しさにあふれた場にいたことをこれから先も一生忘れず、そして誇りに思っていきたい。
最後にもう1つ、ここで働いてよかったことは、私をわかってくれていたこと。
わたしは簡単に言えば、HSPで(とか言って大げさで雑な面もあるくせに。都合いいよね)これまでいきづらさを感じることや少しのことでも情報量がキャパオーバーして疲れてしまうことも多くあった。(疲れやすいのはこれが理由なんだと気付いて気が楽になった)
その面をわたしの長所として捉えて、言葉に出して褒めてくれる人がちかくにいてくれたこと。これが本当に大きかった。
「りさは本当に共感力がたかいっ!!」
(今までは必要以上の感情移入に疲労感や単純に共感による悲しさを味わうことがしんどいだけだった)なんていう言葉とか。
「りさちゃんは本当に気づくのが早い」とか。
周りをよく見ている、とか細かいところにも気をつけてくれる、とか。もちろんやりきれていないこともあって自分はまだまだなのは重々承知している。
ただ、自分の中で生きづらさを感じていた面が、長所として活かせるようになったこと、認めてもらえるようになったこと、自信を持てるようになったことがこの1年間で何よりの収穫だった。
わたしはこれからもお客様と関わる仕事をし続けていく。お店をつくりあげる仕事をし続けていく。いつか、自分の場所だって、遠い夢かもしれないけれど、持ちたい。
そんな時に絶対に必要な、全体をみて、必要なことに気づいて直していくこと。進めていくこと。
これを少しだけど、力としてつけてくることができる場所だった。
優しい人に囲まれていたからこそ、自分の大切にしたい部分やいいところ?に意識を向けられるようになったのだ。
本当に、本当に、本当に、ありがたい環境でやらせて頂いていたんだ。
このご恩は、もう、どうやって返したらいいかわからない。少なくとも言葉で簡単に言いあらわせるものではないんだ。
ただ、ここで、あるいはこの期間にお世話になった人には、自分の成長を見せることで、感謝の意をあらわしていきたい。それしかできないし、それがしたいことなんだ。
いろんなものを手放した1年前。
たった1年で見えるものがこんなにも広かった。
逆に自分の中で絶対に変わらないものも見つめ直すこともできた。
本当に、いいいちねんたったんだ。
優しい言葉をかけてくれた全てのみなさんに、ありがとう。
忘れたくないから、8/31 21:30のこと
出勤していない先輩もわざわざお店にしてくれた。
お店の向かいの柱に隠れて、贈り物とお花とステキなメッセージのつまった色紙を持ってきてくれた。
勤務地に予定のない日に足を運んでくださるなんて。
どうやって感謝したらいいのかしら。
ほんとうに。
必ず、もっともっと成長します!!!
34
この前の休みの日も出先で動けなくなりタクシー帰り、今日もお腹が締め付けられるような痛みに襲われお仕事中休みを頂いたり。
なんだか、身体が少し、へんだな。
今のこの違和感は、地球の歪みが原因な気がしている。
アマゾンの森林火災が数週間も続いていて、それをメディアは周知せず、ただただ森は燃え続けている。
インスタグラムを見れば、それについてリアクションしている人がたくさんいるもんだから、テレビで報道しなくともみんなこうやって知っていくんだなと思っていた。
だけれども、少し年上の職場の先輩たちは、全く知らなかったようだ。
こうやって人々が知らないうちに、地球の裏側が大変になっている。大変になっている裏側で、平気で人々は何にも気を遣わずにこれまで通り生き続けている。
このままじゃ地球は終息に向かっていくのみだ。
私はここ半年、ゴミを減らすことと肉を消費しないことに意識して生きている。
肉を食べないことを人に言うと、なんとなく軽蔑の眼差しを感じる。
だから「食べると胃もたれがしちゃうんだ」と適当な理由であしらっているけれど
本当は地球のためと動物のために、肉を消費しないようにしている。
自分1人じゃ対して変化を生み出せないことはわかっている。
だけど、もう少し、もう少しだけでいいから、食べるものに対する選択権があること、もっと多くの人に意識をしてほしいとおもう。
日本じゃベジタリアンやビーガンは極論で、狂気者と思われがちだが、果たしてその意識はいかなるものなんだろうか。
何にも考えず、食生活を鑑みようともせず、積極的に地球を滅ぼしていく方がよっぽどの狂気じゃないか。
海外ではもっともっと、議論が行われているよ。
それがビーガンの人であれ、肉を食べる人であれ。もう少し考える余地が与えられていると思う。
日本は、つくづく議論ができない/しない国であると思う。
自分がどう言う意識で肉を食べているのか、食べ物を選んでいるのか、一回は考えてみようよ。そう言う機会を与えてくれるメディアも現れないのかしら。現れてみようよ。
私だって酷だけど卵は食べるし現段階で美味しいケーキを作るためにバターも必須アイテムだ。
ただ、減らすこともできるし、考えながら選ぶこともできる。
肉が好きだから毎日肉を食べる、を当たり前にしないで、
私は肉が好き。でも肉を選ぶことは地球にこんなにも影響をあたえているんだ。だから肉を食べるのは週に一回にしよう。
例えば、そんな風にでもいいから、一歩だけ立ち止まって、何か少しだけでも考えさせる機会を作らないとこの国とこの地球はもう、シンプルに、終わっていってしまうと思う。
最近そんなこともあって、何かのゆがみひずみを大きく感じている。不安感は拭えないし、大きな地震とかに襲われるんじゃないかという懸念も、ある。
自然の神さまにはどうしても、人間は勝てない。だってこの星は人間だけのものじゃないのだから。
だから、もう少し、少しでもいいから地球を大切に、
前に活動的なモデル?の女の子が口にしていたけれど「人間は愛を持てら人間なのだから、愛のある選択をしよう」この言葉がいろんな人の心に響いてほしいとおもう。
そんなことを色々と考えら毎日。
週末は夏最終日を味わいに鎌倉へ。
一日中、多岐にわたる話題で語らい続け、潮風を浴び、傾く日に注がれ、涼やかな参道を歩き、最高の一日を過ごすことができた。
今年はスポット的に、夏!夏!を感じられる日が数日あって、とてもよかったな。
来年は、なつぅ〜!と感じられるような沖縄かな、地中海かな、たっぷり1週間くらいは海に浸かるような夏休みを過ごしていたい。
33
予想だにしていなかったことが起こった。
ずっとずっとだいすきだった、アイドルに突然ばったりと会った。
中学生の頃、ピーピー騒いでだいすきだった人たち。どうでもいいかと思っていたけれど去年の暮れから、グループの絆の強さ、それぞれの愛の強さに惹かれて再びはまっていた。
ただ、ライブに行くほどの熱量もなく。平凡と、ただ日常のちょっとした幸せの補給をしてくれる存在だった。
昔思っていたような、会いたいなとか、会えるかな、とかは微塵も考えていなかった。
期待も何もしていないと、こういうめぐり合わせがあるのかしら。
いつもと同じように働いていたら、遠くから見たことのあるお顔が。
まさかね、そっくりさんよね、と頭の中で考えながら、いつものお客様と同じように笑顔を向けた。
そうすると普段は返ってこないような、にっこり笑顔をわざわざ返してくれたそのお客様。
うーん、似てるなぁ、ひっかかるなぁ、まぁでもこんなところにあるわけないか。そう思いながら、ただただもやもやしていた。
でもやっぱり、似ているなぁと頭の中からもやもやは消えず、あとあと他のお店さんに聞いたら、そのアイドル本人だったことが判明した。
はぁ、あとほんの一瞬早く判断ができていたら声がかけられていたかもしれなかった。もったいない。
ただ、彼の私生活の邪魔をするのも望みではないから、ああやって笑顔を向けてくれただけでも、というか、日常生活の中に現れてくれただけでも幸せ極まりないできごとだったんだ。
明るい人、本当にいい人で有名な彼だけれど、その名声を一切裏切らずに、期待通り、というか期待以上の感じの良さをもつ彼にさらなる好感を抱いた。
彼が真の素敵な人だということを知れたこと、それが何より嬉しかった。
他にも何かとお店には嬉しい訪問者の多い1週間だった。
だいすきな先輩や他のお店の方、大好きなお客様、携帯をなくしてしまったテキサスからのお客様、、、。
慌ただしい感じがしたけれど、色んな方と会えるこのお仕事が本当に楽しいものなんだな、と感じた。
お客様と顔を合わせることができるお仕事、これは本当やめられないんだろうな、これから先の人生でも。
これから先の人生、といったら、身近な人からとっても素敵な報告を受けた。
兄が次の冬に入籍をするんだとか。
新しい家族ができるっていうこと。それが何より嬉しかった!!わたしに、素敵なお姉さんができるんだ!!
小学生の頃からずっとみんなに好かれて、でもきっとそれ以上に人を大切にして、好きなことをやってきたおにいちゃん。
頭の中にはいろーんなものが詰まっているだろうから、いつ会ってもずっと話しが止まらない、とっても面白いひとなのだ。
わたしの大切なお兄ちゃんを選んでくれた相手も、素敵な方に違いない。
うれしいなぁ、しあわせだなぁ。
そんな報告を受けたのは、だいすきなおばあちゃんの家にて。
今回はゆっくりと休みをとって、新潟で少し遅れたお盆休暇をとった。
まるまる2日おばあちゃんとだいすきなおうちで過ごせた。
本当に悲しいけれど、9月からはこうはいかなくなる。
その前の最後の帰省だったから、胸に詰まる思いが重すぎて。いちいち涙が出そうになった。
わたしにとって生まれていちばん初めに帰ってきたおうちだし、小学生の頃は夏休みの大半を過ごした場所である。
だいすきなおじいちゃんやおば、ひいちゃんともたくさんの時間を過ごしてきたところ。
おうちの香りと、カーテンの絵柄、客間の照明の温かさを全身で感じるたび、小さい頃の温かいきもちが蘇って、その度に胸が締め付けられた。
わたしはこの家族に囲まれて、愛されて、育ってきたんだなぁ、と。
自分を今の自分に導いてくれたのはこの家の存在が本当に大きいだ。
今日が最後になってしまったけれど、
でもその最後の機会をこうやって悔いが残らないようにゆっくりと過ごすことができた。
なんの制限もないなら、もっとこっちにいて、ずっとずっとこの空気感に包まれていたかったけれど。
ここまできてしまったのなら、次の恩返しはわたしがもっとしっかり、自分の頭の中にあるものを形にしていくこと。
自分の成長を見せることしか、おばあちゃんにできることは残っていないな。
ふにゃふにゃとした人間になってはしまったけれど、おばあちゃんから譲り受けた愛や感性みたいなものは、しっかり目に見えるようにしていかなきゃ。
8月の3週目は毎年心を締め付けられるな?
でもそれは9月からの自分の成長のため。!